旅行と腸:旅行者下痢の予防・対処・受診の目安と、時差・環境変化による便秘への備え
公開日: 2026-10-05 / 更新日: 2026-10-05
本記事は一般的な情報であり、医療アドバイスではありません。症状が続く場合は医療機関を受診してください。
旅先で食べたものが原因で、せっかくの予定をトイレで過ごすことになる人もいれば、逆に、旅行中ずっとお腹が張って出ない人もいる。旅行中の腸は、下痢にも便秘にも傾きうる。本記事では、前半で「旅行者下痢」(どのくらいの人が経験するのか、予防にどこまで意味があるのか、なったときの水分補給・薬・受診の目安)を、後半で、時差や食事・睡眠・トイレ環境の変化による旅行中の便秘や排便リズムの乱れを、公的機関・大手医療機関・学術文献の公開情報にもとづいて整理する。経口補水液(ORS)の設計や、下痢止めを使ってはいけない場面、感染性胃腸炎の家庭内対策といった、国内でも共通する基本は別記事「下痢の対処と受診の目安」に譲り、本記事は旅行ならではの部分にしぼる。便秘そのものの定義や生活習慣での対策は「便秘の科学と対策」を参照してほしい。
旅行者下痢は、旅行者の3〜7割が経験しうるとされる
米国疾病予防管理センター(CDC)の渡航医学書『CDC Yellow Book』(2026年版)は、旅行者下痢を「旅行に関連して最も予測しやすい病気」と位置づけ、旅行者の30〜70%が2週間の滞在中に経験するとしている。幅があるのは、渡航先と季節によって発生率が変わるためだ。英国の渡航者向け保健情報サイトTravelHealthPro(NaTHNaC)は、旅行者下痢を「3回以上の形のない便が24時間以内にあり、発熱・吐き気・嘔吐・けいれん・血便のいずれかを伴うことが多い状態」と定義し、アジアの大部分・中東・アフリカ・中南米といった高リスク地域では、高所得国からの旅行者の20%を超える人が経験しうるとしている。同じサイトは、西ヨーロッパ・北米・オーストラリア・ニュージーランド・日本などは比較的低リスクで、最大7%程度と推定されるとも述べている。
日本の厚生労働省検疫所(FORTH)は、旅行先での下痢の原因を、旅行による疲労やストレス、渡航先の食べ物や飲み水の違い(海外の水はミネラル分が多く、一時的に下痢を起こすことがある。油や香辛料の摂りすぎも一因になる)、そしてウイルス・細菌・寄生虫などの感染の3つに分けて説明している。ただしTravelHealthProは、旅行中に排便習慣が変わる原因としてストレスや食事の変化、飲酒の増加もありうるとしながら、旅行者下痢の多くは感染に関連するとしている。つまり、旅先でのお腹の不調は「環境が変わったせい」と「感染」が混ざり合っていて、自分では区別しにくい。
原因の中心は細菌、ウイルスや寄生虫も
Yellow Bookによれば、旅行者下痢の原因は細菌が最も多く、全体の75〜90%以上を占めるとされる。最も多いのは下痢原性大腸菌(特に腸管毒素原性大腸菌)で、カンピロバクター、赤痢菌(シゲラ)、サルモネラ菌が続く。ウイルスは少なくとも10〜25%で、ノロウイルスが代表的であり、嘔吐を伴いやすい。原虫(寄生虫)は約10%で、主にジアルジア、次いでクリプトスポリジウムが挙げられる。TravelHealthProは、約40%の症例では原因が特定されないとも述べている。
潜伏期間は原因によって異なる。Yellow Bookは、細菌・ウイルスでは曝露から6〜96時間、原虫では1〜2週間と長く、渡航の最初の数日に出ることはまれだとしている(一部の原虫を除く)。治療しない場合の持続期間の目安は、細菌性で3〜7日、ウイルス性で2〜3日、原虫性では数週間から数か月に及びうるとされる。TravelHealthProは、旅行者下痢は渡航後1週間以内に起きやすく、多くは3〜4日で自然に治まる一方、約1%では1か月以上続くとしている。
予防:気をつけても、リスクをゼロにはできない
Yellow Bookは、「煮る、焼く、皮をむく、さもなくば食べない」という昔ながらの食事ルールを守っても病気になる人はいることを、研究が示していると述べている。現地の飲食店の衛生状況や、そもそもの衛生・上下水道インフラの不備が、リスクの大きな部分を占めるとみられている。TravelHealthProも、自分で食べ物や飲み物を用意できない旅行者には予防が難しく、食品と水の衛生対策は賢明だがそれだけで十分に防げるわけではないとしている。注意しても防げないことがある、という前提で、「なったときにどう対処するか」を準備しておくことも予防の一部になる。
飲み物と食べ物で気をつけたいこと
Yellow Bookは、水道水が安全でないおそれのある地域では、未開封で工場密封された市販のボトル入りの水か、十分に消毒した水を、飲用だけでなく、食べ物・飲み物の準備、氷づくり、調理、歯みがきにも使うよう案内している。沸かしたての湯でいれたお茶やコーヒーは一般に安全とされ、工場密封された缶・ボトル入りの炭酸飲料やパスチャライズ(低温殺菌)された飲料も一般に安全と考えられる。一方、氷入りの飲み物や、水道水を使うファウンテン(ディスペンサー)式の飲み物は安全でないおそれがあり、氷は汚染された水で作られている可能性があるため、「氷なし」で頼むよう勧めている。アルコールを入れても、汚染された氷の病原体は死なない。
FORTHも、旅行先での病気の多くは食べ物と水からうつるとしたうえで、生水を避け、水道水を飲む場合は最低1分間しっかり沸騰させる(標高2,000メートル以上では3分間)ことを案内している。食べ物については、中心部までしっかり火が通ったものを、湯気が立っているうちに食べること、生の魚介類・赤みの残る鶏肉・生の部分が残るひき肉料理を避けること、サラダや生の野菜は、自分で皮をむけるもの以外は避けることを挙げている。屋台やビュッフェでは、調理したての温かいものを選び、調理済みの料理が何時間も室温に置かれていないかにも気を配るよう勧めている。
手洗い
Yellow Bookは、食事や調理の前、トイレやおむつ交換の後などに、石けんと水で手を洗うことを基本とし、石けんと水が使えない場合はアルコール60%以上の手指消毒液で代用し、可能になったら石けんと水で洗うよう案内している。ただし、手指消毒液は、クリプトスポリジウムやノロウイルスなど一部の病原体に対しては手洗いほど効果的ではないとしている。FORTHも、きれいな水が使えないときのアルコールハンドジェルを案内しつつ、ハンドジェルだけでは不十分なこともあるとしている。
💬 Dr.ウンコーのひとこと 「ボトルの水しか飲まないと決めた旅人が、氷のたっぷり入ったジュースを笑顔で受け取る。氷も水だ。お前の腸は、グラスの外側の言い訳を聞いてくれない。」
予防として薬やワクチンに頼れるのか
Yellow Bookによれば、旅行者下痢の原因となる一般的な病原体に対して、米国で使えるワクチンはない。TravelHealthProも、旅行者下痢そのものを防ぐワクチンはないとしている。腸チフス・A型肝炎・ポリオ・コレラなど、飲食物を介してうつる別の病気に対するワクチンはあるが、これらは旅行者下痢とは別の病気として、渡航前の相談で個別に検討する扱いになる。
薬については、Yellow Bookが、次サリチル酸ビスマスは研究で旅行者下痢の発生を約50%減らしたが、舌や便が黒くなる、便秘・吐き気、まれに耳鳴りといった副作用があり、アスピリンアレルギー・痛風・腎機能障害のある人や、抗凝固薬などを使っている人は使ってはいけないとしている。また、小児や妊娠中の人には一般に勧められない。プロバイオティクスは、研究が小規模で結果が一貫せず、勧めるにはデータが不十分だとされる。予防のために抗菌薬を飲み続けることについて、Yellow BookとTravelHealthProはともに、ほとんどの旅行者には勧められないとしている。副作用や、クロストリディオイデス・ディフィシル(C. difficile)感染症、薬が効きにくい細菌を腸に持ち帰るリスクが、利益を上回りやすいからだ。免疫が弱い人や重い持病のある人などで、短期間の渡航の場合にまれに検討されることがあるにとどまる。こうした薬を使うかどうかは、渡航前に医師や渡航外来で相談する範囲の話だ。
旅先で下痢になったら:まず水分、薬は状況を見て
水分補給
TravelHealthProは、治療の目的を、脱水を防ぎ、症状の重さと期間を抑え、旅程への影響を最小限にすることだとしている。軽症なら、普段どおり食べて飲み続けることで足りる場合が多い。Yellow Bookも、体液と電解質の補給が治療の鍵だとしたうえで、健康な成人では嘔吐が長引かない限り重い脱水はまれだと述べている。ただし、乳幼児・高齢者・持病のある成人では特に補給が重要で、飲み物は密封されたもの、塩素処理や煮沸などで処理されたものに限るよう注意している。
重い水分喪失には、経口補水液(ORS)が最も適しているとされる。Yellow Bookによれば、ORSは多くの低・中所得国の店や薬局で手に入る。TravelHealthProは、重い症状の場合や脱水の影響が大きい人にはORSを勧め、救急セットに入れておくと便利な品としている。軽症であれば、好みの飲み物(スポーツドリンクを含む)で水分を保てるが、ソーダのように甘すぎる飲み物を大量に飲むと、浸透圧性の下痢を起こしうるともYellow Bookは述べている。ORSの考え方や、スポーツドリンク・果汁との違い、食事の戻し方は、別記事「下痢の対処と受診の目安」で詳しく扱っている。
下痢止め(ロペラミド)は旅行中どう考えるか
旅行ならではの論点が、移動中の下痢止めだ。Yellow Bookは、ロペラミドなどの腸の動きを抑える薬は症状を和らげる治療として有用で、飛行機やバスでの長距離移動を控えた旅行者の助けになりうるとしている。TravelHealthProも、バスの長旅や仕事の予定など、頻回の下痢が支障になる場面で検討でき、成人では最大2日までを目安に、パッケージの指示に従って慎重に使うよう案内している。一方で、Yellow Bookは、血便や発熱があるときに腸の動きを抑える薬だけを使うことは勧められないとしている。TravelHealthProは、血や粘液が便に混じる場合・高熱や強い腹痛がある場合・活動期の炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎など)がある場合は使ってはいけないとしている。
FORTHは、この種の下痢止めは、バス移動などトイレに行きにくいときには有効だが、下痢を根本的に治す薬ではなく、病原体を体内にとどめてしまう問題もあるとして、使用には十分な注意を促している。血便や発熱があるときの禁忌の理由は、別記事「下痢の対処と受診の目安」、血便そのものの見方は「うんこの警告サインと大腸がん検診」にまとめている。
💬 Dr.ウンコーのひとこと 「長距離バスの前に止めたいのはトイレの回数であって、病原体の予定表じゃない。血が混じっているなら、行き先は薬局の棚じゃなくて病院だ。」
抗菌薬を携行するかどうかは、医師と決める
旅行者下痢は多くが自然に治まるため、抗菌薬(抗生物質)は常に必要というわけではない。Yellow Bookは、2016年に開かれた専門家パネルの合意として、重症度を「予定していた活動への支障の程度」で分け、軽症(耐えられる程度で、予定の活動に支障がない)では抗菌薬は勧めず、中等症(つらい、または予定に支障が出る)では抗菌薬を使いうる、重症(動けない、赤痢様の血便を含む)では抗菌薬を勧める、という整理を紹介している。抗菌薬は、効果が見込める細菌性の場合に下痢の期間を1〜2日短縮するとされるが、薬が効きにくい細菌を腸に持ち帰るリスクや、C. difficile感染症のリスクも伴う。特に南アジア・東南アジアでは、渡航先によって細菌の薬剤耐性の状況が異なり、薬の選択も左右される。
TravelHealthProは、自己判断で非常用の抗菌薬を持つことは慎重に考えるべきで、重症化しやすい人や、医療を受けにくい遠隔地の高リスク地域を訪れる人について、詳細なリスク評価のうえで検討されるとしている。FORTHも、下痢に備えて抗菌薬を携帯するかどうかは、かかりつけ医か渡航外来の医師とよく相談するよう案内している。抗生物質と腸内細菌の関係は、別記事「腸内細菌叢入門」でも扱っている。
子どもと、持病のある人
Yellow Bookは、子どもの旅行者下痢の治療の中心もORSだとし、乳幼児ほど脱水のリスクが高いため、早めに経口補水を始めることが勧められるとしている。母乳の乳児は引き続き授乳し、ミルクの乳児もミルクを続けてよく、年長の乳児や子どもには通常の食事を用意するよう案内している。TravelHealthProは、乳幼児・高齢者・妊娠中の人・基礎疾患のある人、とくに免疫が低下している人や炎症性腸疾患、慢性の腎臓・心臓の病気のある人は、汚染された飲食物を避ける工夫を特にしておくよう勧めている。乳幼児の脱水サインは、別記事「赤ちゃん・子どものうんこガイド」を参照してほしい。
旅行中の下痢で受診を考える目安
TravelHealthProは、症状が3日たっても改善しない場合は医療機関を受診するよう案内し、38℃以上の発熱、便に血や粘液が混じる、意識の変化・強い腹痛・黄疸・発疹といった気になる症状がある場合は、すぐに受診するよう述べている。乳幼児・高齢者や、脱水の影響が深刻になりうる人は、飲み物を受けつけない、あるいは強いのどの渇き・目のくぼみ・皮膚の乾燥といった脱水のサインがある場合、早めに医師に相談するよう案内している。FORTHも、激しい下痢、頻回の下痢、血の混じる下痢、高い熱がある場合は、すみやかに医師と相談するようすすめている。
帰国後に腸の不調が続くとき
旅行者下痢は、帰国後に出ることもある。TravelHealthProは、発症は海外滞在中か、帰国後10日以内としている。FORTHは、たいていの下痢は数日で治まるが、帰国後も続く場合の可能性として、感染がまだ続いている場合(ジアルジア症やアメーバ赤痢などの寄生虫感染は、通常の抗生物質が効かず、検便などの検査が必要になる)、消化器の病気が感染をきっかけに明らかになった場合(炎症性腸疾患など。発熱や血便に注意)、感染後の腸の過敏(過敏性腸症候群として、下痢・便秘・腹痛が繰り返される)を挙げている。Yellow Bookも、2週間未満の旅行者下痢のあとに、感染が続いていなくても腸の症状が続くことがあり、感染後の過敏性腸症候群と呼ばれるとしている。原虫による下痢は、治療しないと数週間から数か月続きうる。FORTHは、帰国後に下痢が長引く場合は、しっかり診断を受け、それに応じた治療が必要になるため、医療機関を受診するよう述べ、受診時には海外旅行をしたことを医師に伝えるよう案内している。
旅行中の便秘:環境の変化が腸に与える影響
ここからは、下痢とは反対に、旅行中に出なくなる側の話だ。米国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所(NIDDK)は、便秘の原因のひとつとして、生活や日常の習慣の変化を挙げ、その例に「旅行をするとき」を明記している。英国NHSも、便秘の原因として、長時間座ったままでいること、体を動かさないこと、トイレに行きたい感覚を無視すること、食事や日常の習慣が変わること、ストレスや不安などを挙げている。旅行はこれらが同時に起こりやすい場面だ。
Cleveland Clinicの消化器内科医は、旅行中の便秘について、日常の習慣・環境・ストレス・食事の変化などの組み合わせで起こり、非常によくあることだと説明している。理由として挙げられているのは、気候・標高・活動量の変化で起こりやすい水分不足、食物繊維が少なく加工食品や飲酒が多い食事への変化(腸内細菌のバランスにも影響しうる)、食事時間・睡眠・トイレのタイミング・体内時計の乱れ(最も多い原因のひとつ)、車・飛行機・待ち時間での座りっぱなし、ストレスや、自分のものではないトイレへの抵抗感からくる我慢(我慢を重ねると便意そのものが薄れ、便秘が悪化しうる)、薬を飲む時間帯が時差や生活の乱れでずれること、の6点だ。IBS(過敏性腸症候群)やIBD(炎症性腸疾患)がある人は、より影響を受けやすいともされる。
💬 Dr.ウンコーのひとこと 「旅先のトイレが落ち着かないからって我慢を重ねると、腸は『今日は営業しません』と判断し始める。ホテルの便器に遠慮するな。出るときに出せ。」
時差と、腸の「日内リズム」
腸の動きには、一日のなかでのリズムがあるとされる。2023年にFrontiers in Physiologyに掲載された総説(PMC収録)は、大腸の強い収縮波(高振幅伝播収縮)が、朝の目覚めの直前から直後、朝食の前に増えることを示す研究を紹介している。食事は、食べてから数分以内に大腸の運動を促し、その作用は食後2時間ほど続く。目覚めの時刻、朝食後、昼食後に出現のピークが観察された研究もあり、収縮は活動する日中のほうが多い。この総説は、日内リズムを厳密に確かめた研究は多くなく、これらの知見は「示唆的だが決定的ではない」とも断っている。Cleveland Clinicも、体内時計の乱れが消化に影響し、朝起きてすぐにトイレに行きたくなるのは、睡眠中にも消化器が動き続けているからだと説明している。
時差ぼけ(ジェットラグ)については、CDC Yellow Book(2026年版)が、急速な時差移動によって体内時計と現地時刻の間に一時的なずれが生じる睡眠障害と説明し、症状として睡眠の乱れ・集中力低下・日中の眠気・倦怠感に加え、消化器症状も含まれうるとしている。時差の方向では、東向きの旅のほうが適応に時間がかかり、1日あたりの適応は東向きで約1時間、西向きで約1.5時間とされる。FORTHも、東向きのほうが時差ぼけが強くなりやすいとしている。
日本の公的情報では、FORTHが、時差ぼけ対策として、機内では現地時刻に時計を合わせて食事・睡眠をとること、食べ過ぎずアルコールやカフェインをとり過ぎないこと、水分を十分にとってこまめに体を動かすこと、到着後は昼間にしっかり日光を浴び、現地の時間に合わせて食事をとることを案内している。Yellow Bookも、食事・睡眠・光を渡航先の時刻に合わせること、アルコールとカフェインは脱水を招いて時差ぼけを悪化させうること、短い仮眠(20〜30分)は日中の覚醒を保つのに使えるが長い昼寝は夜の睡眠を妨げうることを述べている。2025年に発表された別の総説は、時差を伴う移動を含む、体内時計を乱す生活習慣が、腸と腸内細菌のリズムのずれを通じて機能性便秘に関わるという、理論的な枠組み(「gut jet lag」)を提案している。ただし、これは概念を整理した総説であり、旅行者を対象に確かめた研究ではない。
ここまでをまとめると、「時差で体内時計がずれる」「腸の動きにも日内リズムがある」という2つは、それぞれ公的情報で裏づけられるが、「時差ぼけがどの程度の旅行者の便秘につながるのか」を数字で示した公的情報は、今回の調査では確認できなかった。そのため本記事では、時差で便秘になりやすいと言い切らず、食事・睡眠・光の時刻を整えることが、体内時計と腸のリズムの両方の調整に役立つ可能性がある、という整理にとどめる。
旅行中の便秘を和らげるために、できること
Cleveland Clinicは、旅行中の便秘について、まず水分を普段より意識してとり、アルコールを控えること、果物や野菜・全粒粉のクラッカーやナッツなどで食事に食物繊維を少しずつ加えること、脂肪の多い食べ物を摂りすぎないこと、移動中もこまめに体を動かし、現地ではできるだけ体を動かす時間をつくること、便意を我慢せず、公共のトイレでも使うこと、食事と睡眠の時刻をなるべく普段に近づけることを案内している。NHSも、水分をとってアルコールを避けること、食物繊維を徐々に増やすこと、決まった時間と場所でゆっくりトイレの時間をとること、便意があれば先延ばしにしないこと、毎日の散歩などで活動量を増やすことを挙げ、改善しない場合は薬剤師に相談して適した下剤を提案してもらうよう案内している。腸の動きを助ける食事の組み立ては「食べ物とうんこの関係:腸活の基礎」、トイレでの姿勢や習慣は「うんこを我慢するとどうなる?正しいトイレ習慣」にまとめている。
時差のある旅行では、食事や睡眠の時刻を「現地に合わせる」べきか「普段に合わせる」べきかで迷うかもしれない。Yellow Bookの図表(米軍研究機関の資料を改変したもの)は、時差のある旅では行動の時刻を現地時間に合わせ、滞在が2日未満のような短い旅では、あえて現地に合わせず、睡眠・活動・食事を日本時間のままに保つ選択肢もあるとしている。
便秘薬について、Cleveland Clinicは、食事や運動で改善しない場合は下剤や便をやわらかくする薬の使用をためらう必要はないとしつつ、どれを使うかは先に医療者に確認し、使うなら必要な期間だけにとどめるよう案内している。薬の種類ごとの仕組みや連用をめぐる話は、別記事「下剤・便秘薬との付き合い方」を参照してほしい。なお、下痢の予防や治療に使う次サリチル酸ビスマスは、副作用として便秘を起こすことがあるとYellow Bookは述べている。下痢の薬を使ったあとで、今度は出なくなる、という行き来も起こりうる。
旅行中の便秘で、受診を考える目安
Cleveland Clinicは、旅行中の便秘の多くは数日のうちに、あるいは旅先に落ち着いたり帰宅したりすると自然に解消するとしている。そのうえで、数日以上、長くて数週間にわたって続く場合は、医療機関で原因や対処を確認するよう勧めている。吐き気・嘔吐を伴う場合も受診するよう案内している。
NHSは、便秘が治療しても良くならない、頻繁に便秘になる、お腹の張りが頻繁にある、便に血が混じる、意図せず体重が減った、お腹が痛む、排便習慣が突然変わった、便秘の原因になる薬(オピオイド鎮痛薬など)を服用している、といった場合に医師に相談するよう案内している。処方薬は、医師に相談せずに自己判断でやめないことも添えられている。血便や排便習慣の変化は、旅行とは無関係の病気のサインである可能性もあるため、「旅先だから」と片づけず、別記事「うんこの警告サインと大腸がん検診」の内容もあわせて参考にしてほしい。
本記事で深入りしなかったこと
本記事は、旅行にともなう腸の問題にしぼった。経口補水液(ORS)の設計やスポーツドリンクとの違い、下痢止めを使ってはいけない詳細な場面、ノロウイルスなど家庭内感染の予防は「下痢の対処と受診の目安」に、慢性的な便秘や下剤の連用は「便秘の科学と対策」「下剤・便秘薬との付き合い方」に、赤ちゃんや子どもの便は「赤ちゃん・子どものうんこガイド」にそれぞれ詳しい。また、渡航先ごとの感染症の流行状況や必要なワクチンは、FORTHの国・地域別情報や渡航外来で最新の内容を確認してほしい。
まとめ:出発前の準備と、旅先での見きわめを分けて考える
旅行者下痢は、高リスク地域では旅行者の2割を超え、Yellow Bookでは3〜7割とされる数字が示されており、食べ物と水に気をつけてもリスクをゼロにはできない。だからこそ、①ボトル水・氷・火の通った食べ物・手洗いという基本を押さえつつ、②予防のための抗菌薬は多くの人には勧められないこと、③なったときはまず水分、④移動中の下痢止めは血便や発熱がないことが前提であること、⑤3日たっても良くならない・血便・38℃以上の発熱・意識の変化などは受診のサインであること、⑥帰国後に長引く場合は旅行歴を伝えて受診すること、の6点を出発前に頭に入れておきたい。旅行中の便秘は、水分・食物繊維・体を動かすこと・便意を我慢しないこと・食事と睡眠の時刻を整えることが基本で、数日以上続くときや血便・体重減少・強い腹痛を伴うときは医療機関に相談するのが良いとされる。便の基本的な見方は「うんこ健康ガイド」にまとめている。気になる症状が続くときは、旅先でも帰国後でも、自己判断で様子を見続けず、医療機関への相談を検討してほしい。
よくある質問(FAQ)
Q1. 旅行者下痢は、どのくらいの人がなりますか?
CDC Yellow Bookによれば、旅行者の30〜70%が2週間の滞在中に経験し、渡航先と季節によって幅があるとされます。英国のTravelHealthProは、アジアの大部分・中東・アフリカ・中南米などの高リスク地域では、高所得国からの旅行者の20%を超える人が経験しうるとしています。
Q2. 食べ物と水に気をつければ、旅行者下痢は防げますか?
気をつけることはリスクを下げる助けになりますが、ゼロにできるわけではありません。Yellow Bookは、食事ルールを守っても病気になる人はいること、現地の飲食店の衛生状況など本人にはどうにもならない要因が大きいことを述べています。旅先では、密封されたボトル入りの水を使う、氷を避ける、中心部まで火の通った温かい食事を選ぶ、石けんと水で手を洗うといった基本が案内されています。
Q3. 旅先で下痢になったら、まず何をすればいいですか?
まず水分補給が中心です。軽症なら普段どおり食べて飲み続けることで足りる場合が多く、重い症状や、乳幼児・高齢者・持病のある人など脱水の影響が大きい人には経口補水液(ORS)が勧められています。飲み物は、密封されたもの、あるいは煮沸などで処理されたものを使うよう案内されています。
Q4. 旅行中に下痢止め(ロペラミド)を使ってもいいですか?
長距離のバス・飛行機での移動など、頻回の下痢が支障になる場面では検討されることがあります。ただしYellow Bookは血便や発熱があるときに下痢止めだけを使うことは勧められないとし、TravelHealthProは血や粘液が便に混じる場合・高熱や強い腹痛がある場合・活動期の炎症性腸疾患がある場合は使わないよう案内しています。FORTHは、下痢止めは根本的な治療ではなく病原体を体内にとどめてしまう面もあるとして、使用に注意を促しています。
Q5. 旅行に抗生物質を持っていくべきですか?
ほとんどの旅行者には、予防のために抗菌薬を飲み続けることは勧められていません。万一に備えて持参する場合も、重症化しやすい人や医療を受けにくい遠隔地を訪れる人を対象に、詳細なリスク評価のうえで検討されるものとされています。FORTHは、携帯するかどうかをかかりつけ医や渡航外来の医師と相談するよう案内しています。
Q6. 旅行中や帰国後、下痢でどんなときに受診すべきですか?
TravelHealthProは、症状が3日たっても改善しない場合に受診するよう案内し、38℃以上の発熱・血便や粘液便・意識の変化・強い腹痛・黄疸・発疹があるときはすぐに受診するよう述べています。帰国後に下痢が続く場合も、感染の持続や感染後の過敏性腸症候群などの可能性があるため、FORTHは旅行歴を伝えて医療機関を受診するよう案内しています。
Q7. 旅行中に便秘になりやすいのはなぜですか? どうすればいいですか?
NIDDKは、旅行を含む生活や日常習慣の変化が便秘の原因になりうるとしています。Cleveland Clinicは、水分不足、食事の変化、食事・睡眠・トイレのタイミングの乱れ、座りっぱなし、ストレスや慣れないトイレでの我慢などの組み合わせを挙げています。水分をとる、食物繊維を少しずつ加える、体を動かす、便意を我慢しないといった工夫が案内されており、数日以上続く場合や血便・体重減少・強い腹痛を伴う場合は医療機関への相談が勧められています。
Q8. 時差ぼけは、便秘と関係がありますか?
CDC Yellow Bookは、時差ぼけの症状に消化器症状が含まれうるとしており、腸の動きにも日内リズムがあるとされます。ただし、時差ぼけがどの程度の旅行者の便秘につながるかを数字で示した公的情報は確認できませんでした。食事・睡眠・光の時刻を現地に合わせることは、時差ぼけ対策として案内されています。
本記事は一般的な情報であり、医療アドバイスではありません。症状が続く場合は医療機関を受診してください。
参考文献
- Travelers' Diarrhea | CDC Yellow Book 2026— 発生率(30〜70%)、原因病原体の内訳、潜伏期間・持続期間、予防(ワクチン・次サリチル酸ビスマス・プロバイオティクス・予防的抗菌薬)、水分補給、下痢止め、抗菌薬、小児、感染後過敏性腸症候群
- Food and Water Precautions for Travelers | CDC Yellow Book 2026— 飲料水・氷・飲み物・食べ物の注意、手洗いとアルコール手指消毒液
- Jet Lag Disorder | CDC Yellow Book 2026— 時差ぼけの定義・症状(消化器症状を含む)、東向きと西向きの適応速度、食事・睡眠・光・アルコールとカフェイン・仮眠の考え方
- Travellers' diarrhoea | TravelHealthPro (NaTHNaC)— 定義、地域別リスク、原因、症状の持続、水分補給・下痢止め・抗菌薬・受診の目安、予防
- 食べ物・水にご注意を! | 厚生労働省検疫所 FORTH— 手洗い・生水・氷・火を通した食べ物・生野菜の注意、水の沸騰時間
- 時差ぼけ対策 | 厚生労働省検疫所 FORTH— 時差ぼけの考え方、機内・到着後の食事・睡眠・光・水分の工夫、東向きで強くなりやすいこと
- 旅先で下痢になったら | 厚生労働省検疫所 FORTH— 旅行先での下痢の原因(疲労・環境・感染)、水分補給、抗生物質携帯の相談、下痢止めの注意、受診の目安
- 止まらない下痢(旅行から帰ってから) | 厚生労働省検疫所 FORTH— 帰国後に続く下痢の可能性(感染の持続・消化器疾患・感染後の過敏)、受診時に旅行歴を伝えること
- Symptoms & Causes of Constipation | NIDDK— 生活・日常習慣の変化(旅行を含む)が便秘の原因になること
- Constipation | NHS— 便秘の原因、自分でできる対策(水分・食物繊維・トイレ習慣・活動量)、受診の目安
- On the Road Again With Constipation | Cleveland Clinic— 旅行中の便秘の原因・対策・下剤の考え方・受診の目安
- Circadian rhythms in colonic function | Frontiers in Physiology (PMC)— 大腸の運動の日内リズム(朝の目覚め・食後の収縮)、エビデンスの限界
- Gut jet lag: how circadian rhythm disruption undermines the Chrono-Microbiota-Motility axis and induces functional constipation | Frontiers in Nutrition (PMC)— 体内時計の乱れと機能性便秘に関する理論的枠組み(概念整理の総説)